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日语考试:2003年日语能力考试1级真题(2)

来源: 1235yinming@ | 更新日期:2015-07-28 17:43:16 | 浏览(32)人次

2003 1級 読解 文法


問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1,2,3,4から最も

適当なものを一つ選びなさい。

教育の現場に携わるものとして以前からきになることがあった。学生たちと何を議論し

ていても、たいていだれかが「私はこう思うけれど、人それぞれ、いろいろな考えがある

と思うし、それでいい」という趣旨の意見を述べ、そのとたん、議論が成り立たなくなる

ことである。

「人それぞれ」で「何でもあり」となれば、社会問題の大半が個人の好みと選択の問題

に矮小化されてしまう。ゼミでは「人それぞれ」を禁句にするなどの対策をとってはみた

(注1) ② (注2)

ものの、私は学生の間に蔓延する個人志向的考え方にきちんと対峙できずにいた。そのよ

(注3) (注4)

うなとき、ある授業で学生たちが書いたりレポートを読んで、頭を殴られたようなショックを受けた。

このところ過失とはとうてい思えないような悲惨な交通事故のニュースが相次いでいる。そこで交通事故や被害者の人権について、これから免許を取得する若い人に考えてもらいたくて、二木雄策氏の『交通死』という本の読書リポートを課した。

大学生だった二木氏のお嬢さんは、自転車で交差点を横断中、赤信号を無視して突入し

てきた自動車にはねられて亡くなった。加害者の女性は執行猶予付きの判決で刑務所に

(注5) (注6) (注7)

入ることもなく、また、損害賠償の交渉も支払いも保険会社が代行した。

加害者の信号無視で被害者は命を奪われたのに、被害者は(少なくとも形の上では)以前と変わらぬ生活を送ることができるのだ。加害者に手厚い現行の諸制度は、人の命より

(注8) ③

も車(イコール企業)を重んじる社会だとの筆者の主張には説得力があると私は思っていた。

ところが少なからぬ学生の反応は予想をしないものだった。「加害者がかわいそう」だ

と言うのである。被害者の立場からの主張のみが述べられているのは「客観性に欠ける」

という。私は頭を抱えてしまった。二木氏の文章は、娘を失った父親の沈痛な思いが

せつせつと伝わってくるものの、決して激情に駆られて書かれたものではない。むしろ

(注9) (注10)

よくここまで冷静に書けるものだと感心するくらいなのだ。

もちろん被害者には被害者の人生がある。しかし学生たちは、その人生に豊かな社会的

想像力を動かせるわけでもなく。単に、被害者側の見解だけでは一方的だと主張する。

杓子定規に客観的.中立的立場を求めなければいけないと思い込んでいるようなのだ

(注11)

まるで立場の異なる二者の間で意見の対立が見られた場合には、足して二で割ればちょうどよいとでも言わんばかりに。

なぜ学生たちは、加害者と被害者の対立図式にこだわり、著者が訴える問題の社会的広がりに気づかないのか。もどかしい思いでリポートを読むうちに合点がいった。例の「人

(注12) (注13)

それぞれ」である。

あらゆる意見が私的なものであれば、娘の交通事故死を経験して「くるま社会」の異常

さを訴える父親の主張も一つの個人的の立場に過ぎず、その意味では加害者の立場と等価なのだ。主張の対立のなかから、あるべき社会の姿を模索する努力を放棄したとき、社会正義は足して二で割るというような手続き上の公平さに求めざるを得ない。

(小笠原祐子「『何でもあり個人主義』の退廃」2000年7月11日付朝日新聞朝刊による)

(注1) 矮小化する:重要でない、小さいことにする。

(注2) 禁句:避けて使わないようにする言葉

(注3) 蔓延する:大きく広がる

(注4) 対峙する:向き合って立つ

(注5) 加害者:他人に危害を加えた人

(注6) 執行猶予:刑を一定の期間実行しないで、その期間を事故なく過ごした時に 

は、刑を受けずにすむ制度

(注7) 刑務所:刑が決まった人を収容するところ

(注8) ~に手厚い:~を大事にする

(注9) せつせつと:人の心を動かすほど強く

(注10) 激情にかられて:激しい感情に動かされて

(注11) 杓子定規に:一つの標準、形式ですべてを決めようとする融通のきかないや

り方で

(注12)もどかしい:思うようにならなくてイライラする

(注13)合点がいく:意味がよく分かる

問1 筆者は学生について①「以前からきになることがあった」としているが、それは

どのようなことか。

1 自分とは考えの違う人の意見を無視して議論を進めようとすること

2 正しい議論にまとめるために、たくさんの人の意見を聞きすぎること

3 いろいろな意見を出し合うが、お互いが理解している気にしないこと

4 それぞれが自分の意見を言うが、一つの結論を導く姿勢を持たないこと

問2 筆者はなぜゼミで②「人それぞれ」を禁句にしたのか。

1 一人一人の考え方や好みが違うということを学生たちに認識させるため

2 それぞれが自分の選んだ社会問題を議論したいと思っても一度にできないため

3 個人的な問題は社会問題と比べたら小さいもので、議論するものではないため

4 個人の考え方の違いで済ませるのでなく、社会全体のことを考えて議論するため

問3 二木氏のお嬢さんをはねた車を運転していた人の事故後の状況について、正しいものはどれか。

1 刑務所には入らず、賠償金は保険会社を通して支払われた。

2 事故後すぐ相手にお金を払ったので、刑務所には入らなかった。

3 事故後すぐは、前と同じ生活ができたが、後で刑務所に入った。

4 刑務所には入ったが、賠償金を支払ったので、すぐに出られた。

問4 二木氏が③「人の命よりも車(イコール企業)を重んじる社会だ」と主張する根拠

は何か。

1 交通事故で被害者が亡くなっても、加害者がそれに合った罰を受けないこと

2 社会の人々が、交通事故の被害者より加害者に同情するという傾向があること

3 今の制度は、加害者の生活より加害者の会社のことを考えた制度だということ

4 保険会社は、人が亡くなっても、車の損害分しかお金を支払ってくれないこと

問5 筆者が④「頭を抱えてしまった」のは、なぜか。

1 学生たちが被害者よりも、悪質な交通事故を起こした加害者の方が正しいとして同情しているから

2 学生たちが、被害者の主張を十分に理解せずに、ただ客観的であることが大切だと

考えているから

3 娘を亡くした二木氏に同情し、客観的判断をしていなかったことに、学生たちが気

付かせてくれたから

4 被害者の立場だけを考えるのは社会主義から考えて正しくないということを、学生

たちが、気付かせてくれたから

問6 筆者の解釈では、学生たちはどのような意見を持っているか。

1 学生たちは、加害者の立場よりも加害者の立場をもっと重んじるべきだと考えている。

2 学生たちは、意見を述べるときには、私的に述べるのではなく、社会主義を考えるべきだと考えている。

3 学生たちは、被害者も加害者も一人の人間であり、それぞれの立場から平等に主張してよいと考えている。

4 学生たちは、被害者、加害者の意見を聞いた上で、社会のあるべき姿から考えて、

加害者に罪を償わせるべきだと考えている。

問7 この文章の後に続く筆者の主張として、最も適当なものはどれか。

1 社会主義を重んじるあまり、戦後広がった個人主義を批判し、個人の権利を否定す

るのはやめるべきである。

2 人はそれぞれ違うということを認識し、それぞれの人の立場、考えを尊重して、無理に議論で結論を出すべきではない。

3 個人の権利が尊重され、価値観が多様化した社会の中で、自分の意見を他人に理解

してもらう努力をもっとするべきである。

4 個人の権利の尊重が強調されがちであるが、異なる立場の人々の意見に耳を傾けながら、もっと議論を高める努力をするべきである。


問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問に対する答えとして最も適当なものを1,2,3,4から一つ選びなさい。

(1) 手紙というのが、どうも苦手である。手紙を書く必要に迫られたりすると、と

つぜんクシャミがとまらなくなったり、おなかをこわしたりする。

もともと、文章を書くのがいやだ、ということもある。が、それ以上に手紙を書くのがいやなのは、あの形式のせいである。

まず、「拝啓」というのが気に入らない。拝啓というのは「つつしんでもうしあげる」というイミらしいが、いまどきそんなことを知っている人は、あまりいない。イミもわからずに、なぜ「拝啓」なんて書かなければいけないのか、ぼくにはまったく理解できないのだ。

(中略)

ま、いちがいに「形式」がいけないとは言わない。もともと形式というのは、みんなの便利さのためにあるものだ。形式があるからこそ、ぼくたちは余分なことに余計に神経を

使わずにすむ。もし、手紙の形式というものがなかったら、ぼくたちは手紙を書くたびに、「どう書きだせばいいだろうか」とか、「こう書いたら失礼にならないだろうか」とか、あれこれこまかいことに気をつかって、書かないうちからクタクタになってしまうかもし

(注1)

れない。

が、そういう形式の効用は十分認めたうえで、なおいまの手紙の形式は死んでいる、と

(注2)

ぼくは思う。で、それがぼくたちの首やからだに巻きつき、ぼくたちの手紙を窒息状態に追い込んでいると思う。形式をちゃんとこなせばこなすほど、手紙からどんどん生気が失

(注3) (注4)

われていくのだ。

(天野祐吉『バカだなア』による)

(注1) クタクタになる:とても疲れる

(注2) 効用:役に立つこと

(注3) ちゃんとこなす:うまく使う

(注4) 生気:生き生きした力

問1 ① 「手紙というのが、どうも苦手である」とあるが、その一番の理由は何か。

1 文章を書くのが好きではないから

2 手紙の形式が好きにならないから

3 手紙をどう書き出せばいいかわからないから

4 手紙を書こうとすると体の具合が悪くなるから

問2 ② 「余分なことに余計に神経を使わずにすむ」とは、たとえばどんなことか。

1 疲れたり、体の調子が悪くならないように心配しなくてすむこと

2 書き始めの表現や相手への礼儀を表す言葉を考えなくてすむこと

3 相手の使う形式に合わせて、自分の手紙の形式を変えなくてすむこと

4 自分で考えた言葉をどんどん使って、相手に失礼になっても気にしないこと

問3 筆者は手紙の形式についてどのように考えているか。

1 形式はないと不便だが、現在の形式は手紙を書く意欲を奪うものだ。

2 手紙の形式のもともとの意味を知れば、よい手紙が書けるようになる。

3 相手に対して失礼な手紙を書きたくならないなら、形式は無視した方がよい。

4 形式があるからこそ、自由に好きなように相手に手紙を書くことができる。

(2) 人間と動物、動物と機械は、それぞれ決定的に異なる何かがあるのだろうか。そ

れとも、その違いは、距離の差にすぎないのだろうか。

ここでは、たとえばそのなかの二つ、動物と機械の差を考えてみよう。たしかに機会は無生物であり、動物は生物の一部にほかならない。( ① )は対立する概念なので、機械と生物はまったく異なるものということになる。

だが、たとえば現代の自動車工場では、日々、ロボットを使って自動車が製造されている。この様子は、極端に言えば、まるでロボットが自動車をつくり続け、人間の労働者は、あたかもそのロボットの補佐役のようであるとも言える。そして、この工

(注1) (注2)

場のシステム全体を見ると、それがひとつの生き物のようである。これは、機械が機械を生んでいる、動物で言えば「世代交代」をしているかのように思える光景だ。

「世代交代」は、「自己増殖」と並んで、生物と無生物を分ける、生物の決定的な特

(注3)

徴とされている。だが、上記のように、今日のロボットや自動車は機械であっても、またその巨大な集積であるFA工場は機械システムであっても、「世代交代」という

(注4) ②

機能をもっており、少なくともその面では、動物もしくは、動物の種の姿に近いと考えることができる。そう考えると、生物とは対立するはずの機械も、その違いは単に

距離の差に過ぎないと言える。

(奥野卓司『人間.動物.機械―テクノ.アニミズム』による)

(注1) あたかも:まるで

(注2) 補佐役:仕事を助け、補う人

(注3) 増殖:増えて多くなること

(注4) FA工場:生産システムが自動化されている工場 来

問1 ( ① )に入る適当なことばはどれか。

1 生物と動物

2 生物と人間

3 無生物と生物

4 無生物と機械

問2 筆者は自動車工場における人間の役割はどのようだと言っているか。

1 ロボットではできないような作業をしている。

2 ロボットが自動車をうまく作るのを助けている。

3 ロボットが自動車を作るのを見ているだけである。

4 ロボットに指示を与え、うまく使って、自動車を作っている。

問3 ここで言う②「世代交代」とは具体的に何を指しているか。

1 ロボットが自動車を作り出していること

2 人間が新しい機械を作り出していること

3 同じ種類の自動車がどんどん作られていること

4 人間がロボットを使って機会を製造していること

問4 ③「その違い」とは何と何の違いか。

1 ロボットと自動車

2 動物と動物の種

3 動物と機械

4 動物と生物

(3) 大人のことばと子どものことばの場合も、大人のことばが「中心」で、子どもの

ことばは「中心」ではありません。だから、普通は、私たちは、「中心」であるところの大人のことばを維持しなければならないと思っており、子どもが何か変わった言い方をしますと、( ① )。

しかし、その反面、子どものことばというのは、必ずしも全部大人のことばに合わ

(注)

せて直されてしまうわけではありません。それは、ことばというのが、時代とともに変わるということをみればすぐわかることです。「ことばが変わる」という場合、それは世代から世代への移り変わりで、ずれが起こっているということですし、そのず

れというのは、子どものことばに始まったのが、それを直そうとする試みにも関わらず、しきれなくて、それが大人のことばの中に入り込み、言語を変えるのだと考えることができます。こんなふうに考えてますと、「中心」でないものも、最近のことば

を使いますと、文化というものを「活性化」する、つまり、それに活力を与える――

そういう意味を持っているものとしてとらえなおすことができるわけです。

(池上嘉彦 『ふしぎなことば ことばのふしぎ』による)

(注) 反面:ほかの面から見ると

問1 ( ① )に入るものとして最も適当なものはどれか。

1 それはおかしいと言って直すことをやります

2 それはいいと言って大人の言葉に取り入れます

3 無理に直そうとしないうちでしばらく様子を見ます

4 全く直そうとしないでそのまま放っておきます

問2 ②「ずれが起こっている」とは、例えばどういうことか。

1 大人のことばが子どものことばを活性化すること

2 子どものことばが大人のことばの中に入り込むこと

3 子どものことばと大人のことばがお互いに活性化しあうこと

4 大人のことばが子どものことばの中にいつのまにか入り込むこと

問3 ③ 「『中心』」でないもの」とは何を指すか。

1 昔のことば

2 大人のことば

3 子どものことば

4 世代間のことばのずれ


読解文法

問題一 1 2 3 4 5 6 7

             ④ ④ ① ① ② ③ ④ 

問題二 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17

             ② ② ① ③ ② ① ③ ① ② ③ 


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