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鲁迅经典小说:薬(日语)

来源: 万语网 | 更新日期:2007-08-21 18:15:04 | 浏览(161)人次

秋の夜更けすぎ、月は沈み、太陽もまだ現れず。ただ、深い藍色の空が残されるのみ。夜を彷徨(さまよ)う生き物の外は、誰もがみな寝静まる。華老栓は突然身を起こすと、マッチを擦って、べとべと油ぎったランプに火を灯した。茶館の二つの部屋が、たちまち青白い光に満たされる。

「父さん、行くのかい?」

老いた女の声だ。奥の小部屋からも、ひとしきり咳をするのが聞こえる。

「ああ」

老栓は答えながら、服のボタンを止めた。そして、手を伸ばしながら言った、

「渡してくれ」

華大媽は、枕の下に手を入れてしばらく探っていたが、やがて一包みの銀貨を取り出し、老栓に手渡した。老栓は受け取ると、震える手でポケットへ入れて、外から両の手で押さえてみた。それから提灯に火をつけ、ランプの火を吹き消して、奥の小部屋へ入っていった。その部屋の中では、ガサガサ音がしていたが、続いてちょっと咳をするのが聞こえた。老栓は彼の咳がおさまるのを待ってから、ごく小さな声で呼んだ、

「小栓……起きなくていいよ。……店かい?母さんがやってくれるから。」

老栓は、息子が何も言わなくなったので、安心して眠ったのだと思った。そして門を出、表通りへ向かった。表通りは暗く沈んで、何もない、誰もいない。ただ一筋の灰色の道だけは、はっきりと見て取れた。提灯の明かりは彼の両足が一歩一歩出て行くを照らし出す。時には何匹かの犬に出くわした。しかし、一匹も吠えはしなかった。気温は部屋の中よりもかなり寒いが、老栓には気持ち良く感じられた。まるで少年に変身して、神通力を得、人に生命を授ける能力を身につけたかのように、ことのほか高く遠く大またに歩いて行く。しかも道も進むにつれて鮮明になり、空も進むにつれて明るくなるのだった。

老栓は黙々と道を歩いていき、突然びくっとした。遠くの方に丁字路が見える。丁字路ははっきりとそこに在る。彼は、二、三歩後ずさり、戸の閉まった店を見つけて、軒下へそっと入り、戸に寄りかかって立っていた。しばらくすると、体に寒気が走るのを覚えた。

「ふん、じじい」

「嬉しいか……」

老栓はまたびくっとした。目を凝らして見ると、幾人かの人が、彼の前を通り過ぎて行った。その一人は振り返って彼を見た。格好はあまりはっきりしないが、まるで長く飢えていた人間が食べ物を見たように、何かをもぎ取ろうとするような光を目から放っていた。老栓はちらっと提灯を見たが、すでに明かりは消えている。ポケットを押さえてみたが、硬いものはまだそこにある。彼は首を起こして周りを見た、ただ沢山の奇怪な人間が、三々五々、亡霊のようにそこらを彷徨っているのが見える。瞳を凝らして再び見たが、今度は特に奇怪なものはどこにもなかった。

少しして、何人かの兵隊があたりを動いているのが見えた。服には前にも後ろにも一つずつ大きな白い丸がついており、遠くからでもはっきりと見える。目前を通っていく兵のは、軍服の上の暗紅色の縁取りさえ見て取れる。――バタバタと足音が聞こえるや、瞬く間にもう大勢の人が群がって押し合いへし合いしながら通り過ぎた。三々五々していた人々も、突然一緒になって、潮のように前進した。そして丁字路のところまで来ると、急に立ち止まって群がり、半円のように集まった。

老栓もそちらを窺(うかが)っていたが、人の群れの背中が見えるだけだ。みな、首をぐーっと伸ばして、まるで沢山のアヒルが見えない手で掴まれて上へ引っ張られているようだ。しばらく静まり返った。何か声が聞こえる。またざわめきだした。そしてドンッと銃声、皆、いっせいに後退した。老栓の立っているところまで一気に散ってきて、危うく彼を押し倒さんばかりだ。

「おい!金を出せ、金と交換だ!」

全身真っ黒な男が一人、老栓の前に立っていた。その目はまるで二本の刀のように老栓を突き刺し、体が半分くらいに縮こまってしまった。その男は、片方の大きな手を彼に向かって広げ、もう片方の手は、真っ赤な饅頭をつまんでいる。そしてその赤いのは、まだポタポタ滴っていた。

老栓はあわてて銀貨を探り出して、震える手で男に渡そうとした。しかし、どうしても男の持つブツへ手が伸びない。その男はいらいらしてきて、大声で怒鳴った、

「何を怕れるか?どうして受け取らん!」

だが老栓はまだまごまごしている。と、黒い男は提灯を奪って、紙の覆いを引き裂き、それで饅頭を包み、老栓の手へ押しやった。そして片手で銀貨を掴んで、握って確かめてみてから、身を翻し、行ってしまった。口の中でつぶやきながら、「この老いぼれが……」

「それで誰の病気を治すんだい?」

老栓は、誰かにそう問いかけられた気がしたが、返事をしなかった。彼の神経は今、たったひとつの紙包みにのみ注がれている。まるで十代も男子一人で続いた家系の子供を抱いているかのように、他のことなんて全く眼に入らなかった。彼は今まさに、この包みの中の新しい命を、彼の家へと移植して、幾多の幸福を得ねばならないのだ。日も昇った、彼の目前には、はっきりと一本の太い道があり、まっすぐに家の中へと延びている。そして彼の後ろには、丁字路の端にある破れた匾額(へんがく)に『古□亭口』というすすけた金字の四字が照らし出されていた。

老栓が家に着くと、店はもうきれいに片付いていた。茶卓は一つ一つ並べられピカピカに光っている。だが、客はいなかった。ただ小栓が奥の並んだ卓の前に座って、飯を食いながら、大粒の汗を額から転がり落としていた。袷の着物も背中にぴったり貼り付いて、両方の肩甲骨が高々と突き出し、八の字型に浮き出されている。老栓は、その様子を見ると、思わず開いていた眉の根にぐっとしわを寄せた。彼の妻も、かまどのところから急いでやってきた、彼女は目を見張り、唇はいくらかふるえている。

「もらえたかい?」

「手に入れた」

二人は一緒にかまどのところへ行って、しばらく話し合った。それから華大媽は出て行ったが、すぐに枯れたハスの葉を一枚持ってきて、卓の上に広げた。老栓も提灯の覆いを広げて、新たにハスの葉でその真っ赤な饅頭を包みなおした。小栓は飯を食い終えていた。母親は慌てて言った、

「小栓――座ってなさいね、こっちへ来ちゃだめよ」

そう言いながらかまどの火を整えると、老栓が緑の包みと、紅と白のまだらの破れた提灯を一緒にかまどの中へ押し入れた。ボゥッと赤黒い焔(ほのお)が上がった後、店内に一種異様なにおいが広まった。

「いい香りだぁ。どんなものを食っているのかね?」

これは、せむしの五少爺が来たのだ。この人は毎日朝から晩まで茶館で過ごす。最も早く来て、最も遅くに帰るのだ。このとき折りしもやってきて、通りに面した壁の端の机のところに腰を下ろすなり、問いかけたのだ。ところが誰も返事をしなかった、

「炒り米の粥かい?」

やはり答えがない。と、老栓があたふたと出てきて、彼に茶を入れてやった。

「小栓、入って来なさいな!」

華大媽は小栓を奥の部屋へ入ってくるよう呼んだ。真ん中に一つ腰掛が置いてあり、小栓は腰掛けた。母親は皿を運んでくる、上には丸くて真っ黒い物が乗っている。そして、そっと言った、

「食べてごらん――病気がよくなるよ」

小栓はその黒いものをつまむと、しばらく眺めてみた。自分の命を持っているようで、何とも言えない不思議な心地だ。十分気をつけてぎこちなく割ってみると、焦げた皮の中から一筋の湯気が逃げ出した。湯気が広がって消えると、半分に割れた小麦粉の饅頭だった。――まもなく、すべて腹の中へ入れてしまったが、どんな味だったかぜんぜん覚えていない。ただ目の前に皿が残っているだけだ。彼の傍らには、片方には父が立っており、もう片方には母が立っている。二人の視線は、彼の体の中に何かを注ぎ込み、また何かを取り出そうとしているかのようだ。思わず心臓がドキドキして、胸を押さえてひとしきり咳をした。

「しばらく寝なさい――すぐよくなるよ」

小栓は母親の言う通りに、咳き込みながら眠った。華大媽は呼吸が静まるのを待って、つぎはぎだらけの布団をそっとかけてやった。

店内に人が多くなってくると、老栓も忙しくなった。大きなヤカンを持って行ったり来たりし、客に茶をついで回った。両のまぶたの周りには黒いクマができている。

「老栓、気分が悪いのかい?――病気か?」

ごま塩ひげの男が問いかけた。

「いいえ」

「いいえ?――そういえばニコニコしてて、そうでもないとは思ったんだが……」

ごま塩ひげの男は、話を途中でやめた。

「老栓も忙しいばかりだな。もしも息子が……」

せむしの五少爺が話し終わらぬ内に、顔じゅう贅肉でたるんだ男が突如飛び込んできた。黒い袷を羽織り、ボタンはかけずに、幅の広い黒のベルトで適当に腰に縛っている。入ってくるなり、老栓に向かって叫んだ。

「食ったか?良くなった?老栓、お前、運が良かったなぁ。幸運だな、もしも俺が気を利かせて伝えてやらなかったら……」

老栓は一方の手で急須を提げて、もう片方の手を恭(うやうや)しく垂れて尊敬を表した。そしてニコニコしながら聞いていた。居合わせた者も皆、恭しく聞いた。華大媽もまぶたを黒くして、ニコニコしながら湯飲みと茶葉を持って来て、一つ橄欖を添えて差し出すと、老栓がすぐやってきて湯を注いだ。

「こいつぁ保証つきだぜ!あれは他のものとは一味違うんさ。いいか、熱いうちに持ってきて、熱いうちに食うんだ。」

贅肉男はおらび続けた。

「ほんとですよ。康大叔が世話してくれなかったら、どうしてこんな風にできたでしょう……」

華大媽も感激して礼を言った。

「大丈夫だ、大丈夫!あんなに熱いうちに食うんだ。あの人血饅頭は、どんな結核も請け負うさ」

華大媽は『結核』という二字を聞いて、少し顔を曇らせ、ちょっと不機嫌になったようだ。が、すぐに笑顔で隠して、愛想でその場を取り繕って去った。康大叔の方は、それには気づかなかったが、彼は相変わらず、声を張り上げてわめいた。その声で、奥で寝ていた小栓も一緒になって咳き込みだした。

「もっとも、お前んとこの小栓はこんな幸運を授かったんだ。病気もおのずと全快するさ。なるほど、それで老栓が一日中笑顔なんだな。」

ごま塩ひげはそう言いながら、康大叔の前へ行き、声を低くして問うた、

「康大叔――今日殺された犯人は、夏家の息子だって聞いたが、誰の子だ?一体何事だったんだ?」

「誰の?夏四奶奶の息子に決まってるじゃないか?あのガキめ!」

康大叔はみんなが耳をそばだてて彼の話を聞いているのに気付くと、殊のほか高揚して、贅肉を揺さぶりほころばせながら、一そう大声で言った。

「あのガキ、命は要らんとよ。要らんなら好きにするがいいさ。だけど俺はこの件、いいことなんか何もなかった。剥ぎ取った衣服までみな牢番の赤眼の阿義が持っていきやがった。――一番の幸運はやっぱり老栓だな。二番は夏三爺だ、賞金二十五両、真っ白な銀貨だ。あいつ、自分の腰巾着へ入れて一文も使わなかった。」

小栓がゆっくりと小部屋から出てきた、両手で胸を押さえて、咳が止まらないようだ。かまどの所まで来ると、冷や飯を椀によそって、熱湯をかけて、座って食べ出した。華大媽は彼についていって、そっと聞いた。

「小栓、少しは良くなったかい?――やっぱりおなかがすくんだね?……」

「良くなるって。保証してやらぁ!」

康大叔は小栓をちらと見ると、顔を元に戻して、相変わらずみんなに向かって言った。

「夏三爺はまったく利口な奴さ。もしあいつが密告してなかったら、一家全員まとめて財産没収の打ち首だぞ。それが今やどうだ?銀貨だよ!――あのガキもほんとにとんでもない奴だったさ!牢に閉じ込められてたのに、なおも牢屋番に反逆するよう、そそのかすんだからな。」

「なんだと、そりゃとんでもないな」

後列に座っていた二十歳過ぎの男は、かなり憤慨しているようだ。

「お前、知ってるか。赤眼の阿義はな、詳しい事情を聞きに行ったのさ。そしたら奴、逆に阿義に話しかけてきやがった。奴は言うんだ、この大清帝国の天下は、俺たちみんなのものだ、と。考えてみろよ、これが人間の言うことか?赤眼の奴はな、奴の家には老いた婆さんが一人いるだけと最初から知っていたんだ。だけど奴があんなにも貧しいとは予想してなかったろうさ。搾り取ろうとしても、油一滴でやしねぇ。それでもうムカムカ腹を立てていたんだ。そこへきて、虎の頭をかきむしるようなもんだ。二発、ほほに食らわした!」

「義さんは拳法が上手いから、二発も食らや、きっと奴も参っちまうだろうな。」

壁際のせむしが急に喜び勇んだ。

「あのくそガキ、殴っても耐えやがる。おまけに、哀れな、哀れなと抜かしやがる」

ごま塩ひげが言った、

「あんな奴を殴ったからって、何が哀れってんだ。」

康大叔はさげすむようにごま塩ひげを見ると、冷笑しながら言った、

「お前、俺の話をちゃんと聞いてないだろ、あいつはな、生意気にも阿義が哀れだ、と言ったんだ。」

聞いていた人々の視線が、突然光を失った。会話も止まった。小栓は飯を食い終わっていたが、全身から汗を流し、頭の上からは湯気を出していた。

「阿義が哀れ――狂ってる、気が狂ったに違いない。」

ごま塩ひげは、はっと悟ったように言った。

「発狂したのさ。」

二十過ぎの男も、はっと悟ったように言った。

店にいた客たちも、また明るくなって談笑し始めた。小栓も騒ぎのついでになって、ひどく咳き込んだ。康大叔がやってきて、彼の肩を叩いて言った、

「よくなるさ!小栓――そんなに咳をしなくていい。よくなる!」

「狂ってる」

せむしの五少爺が頷きながら言った。

西門外の城壁沿いの土地は、もともと官有地だったところである。その真ん中にはくねった一本の細い道がある。近道を狙った人々が踏み固めてできた道で、自然とある境界線になっていた。道の左側は、みな死刑囚や獄死したものが埋められている。右側は貧乏人の共同墓地だ。どちらの側も今では累々と埋葬されており、さながら金持ちが長寿の祝いをするときの饅頭みたいだ。

この年の清明節は、意外な程に寒かった。楊柳も米粒の半分ほどの新芽を吹いたばかりである。まだ夜が明けて間もない頃、華大媽はすでに右側の新しい墳の前で、四皿の料理と飯の入った碗を並べ、ひとしきり泣いて、紙銭を燃やした。そしてボーっと地面に座っていた。まるで、何かを待っているかのようだった。だが自分でも一体何を待っているのか分からなかった。微風が起こって、彼女の短い髪を揺らした。去年よりも、ずいぶんと頭も白くなった。

小道をまた一人、女性がやってくる。彼女もまた、半ば白い髪をして、ボロボロのスカートをまとっている。破れた古い朱塗りの丸かごを提げ、外側に紙銭をつるして、ゆっくりゆっくり歩いてきた。華大媽が地面に座って自分を見ているのに気付くと、急におろおろして、青白い顔に恥じらいの色を浮かべた。だがついに思い切りをつけて、左側の一つの墳の前まで行き、かごを下に置いた。

その墳と小栓の墳とは、小道一つを隔てて、一文字に並んでいる。華大媽が見ていると、彼女は丁寧に四皿の料理と飯の入った碗を並べ、立ったままひとしきり泣き、そして紙銭を燃やした。心ひそかに思った、「あの墳も息子の墳なんだろうな。」その老女は、辺りを見回しながら一回りぶらぶら歩いていたが、突然手足をふるわせて、よろよろと数歩あとずさった。そして、目を見開いて立ちすくんだ。

華大媽は、その様子を見ていたが、彼女が傷心のあまり発狂するのではないかと、冷や冷やしていた。こらえきれず立ち上がって、小道をのり越え、彼女にささやきかけた、

「あの、奥さん、そんなに悲しまないでくださいな――もう帰りましょうよ。」

彼女は何度か頷いたが、相変わらず視線は上の方を見つめていた。そして小さな声で飲み込むように言った、

「あれ、――あれは何でしょう?」

華大媽は彼女の指先を追って見たが、その先は目前にある墳だ。この墳の上はまだ全体には草が生えきっておらず、あちこち黄色い土がむき出しになっていて、悲しいくらいに無様な姿だ。が、上の方をつぶさに眺めたとき、思わずアッと驚いた――赤や白の花が、墳の丸い頂きを囲んで円になっているのがはっきりと見える。

彼女たちの目は、とうの昔に老眼になってしまっていたが、この赤や白の花を見るくらいは、はっきり見ることができた。花はそんなに多くないし、円のように並んではいたが、元気なく、整然としている。華大媽は急いで彼女の息子や他の墳に目をやった。しかし、寒くても枯れない青白い花が、点々と咲いているだけだ。心の中に急に、ある種の不満とむなしさが沸き起こってきたが、それが何なのか、深く追求すまいと思った。その老女は、また数歩近寄って、つぶさに調べて、独りごちた、

「この花には根がない、ここで咲いたんじゃない。――こんなところに誰が来るだろう?子供だって遊びに来れないし――親戚も、一族の者も前から来やしない。――これは一体どういうことなんだろう?」

彼女はしばらく考えて、不意に涙を流し、大きな声で言った、

「瑜儿(ゆーる)、あいつらがみんなしてお前に無実の罪を着せたのが、忘れられないで、悲しくてたまらなくて、今日はわざわざ霊験を現して、私に知らせてくれたのかい?」

彼女は辺りを見回したが、カラスが一羽、葉を落とした木の上にとまっているのが見えた。彼女はなおも言った、

「私には分かってたよ。――瑜儿、かわいそうに、あいつらがお前を陥(おとしい)れて、あいつらみんな、いまに報いがあるさ。お天道様は知っているんだから。お前は安らかにお眠りよ。――もし、お前が本当にここにいて、私の話が聞こえたんだったら、――あのカラスをお前の墳の上へ飛ばして、私に見せておくれよ。」

微風はもうやんでいた。枯れ草が一本一本ますぐに立って、銅の針金のようだ。かすかに震える音が、空気をふるわせながら次第に小さくなって消えてしまうと、周囲は死のような静寂である。二人は枯れた草むらの中に立ち、仰向いてそのカラスを見ていた。カラスはまっすぐな木の枝で首を縮めて、まるで鉄で作られたかのようにそこにとまっている。

あまたの時間が流れ去った。墓参りする人も次第に多くなった。老人や子供が土でできた墳の間に見えるようになった。

華大媽は何故だか分からないが、重荷が下りたような気分になって、もう行こうと思うようになった。そこで、促すように言った、

「そろそろ帰りましょうか。」

老女はため息を一つつくと、がっかりとうなだれて、料理を片付け始めた。まだ、ちょっとためらっていたが、とうとうゆっくりと歩き出した。彼女は口の中で独りごちた、

「一体どういうことなんだろう?……」

彼女たちが、二、三十歩も歩かないうちに、突然背後から「カァー――」と大きな鳴き声がした。二人がぎょっとして振り向いたとき、あのカラスが両の羽をひろげ、身をかがめたかと思うと、遠く大空かなためがけて、矢のようにまっすぐに飛び去って行った。

一九一九年四月。

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